もうひとつのSelfportrait(スコットランドとブータン・布とDNA)

Posted by admin on 07 1月 2009 at 12:08 pm | Tagged as: Poetry&Philosophy

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(写真:カブリモノ作家、ニシハラ★ノリオ氏の個展会場/IIDにて…)

魂の深いところで親近感を感じるのがスコットランドとブータンの布様式。共に高地の険しい自然環境に暮らす民族であり独自の織柄を日本の着物のよう に巻いて着用しています。僕が生まれ育ったのは日本ですが、DNAの深いところにはケルトやチベットの古い記憶が眠ってるような気がしてなりません。一 方、布に表現するテイストには何故か北欧や東欧の雰囲気が混ざり合っているといわれます。僕の奥に眠るケルトの血は東へ東へと旅しながらバイキングやスラ ブ民族と混ざり会い、そしてチベットと合流して大陸から島国へたどり着いたのか…。あるいは「前世かも…」って発想で片付けるのも、それもまぁチ ベット的で面白い、たけど魂の記憶はもっと自由に個体としての唯脳認識の呪縛から解放された状態でリンクし合っているのかもしれないし、DNAの研究の果てには、これまでの物理的因果の説明を凌駕するような存在認識の量子的飛躍が待ち受けているかもしれません。実のところ、出身地である「出雲」や国民としての「和」についての心象 は、僕のDNAの比較的浅いところにあって、後天的に儒教や神道の文化に躾けられた魂は、例えるならオキナワンやアイヌの子供達が本土の七五三の衣装を着 させられた時に感じるであろう違和感に近いものを感じていたりします。僕が生まれ育った戦後の昭和日本は間接的にアングロサクソンの勢力圏にありましたが、イギ リス〜アメリカの文明覇権のなかで培われた近代合理主義と管理化された競争原理の影響は、先の違和感の上にさらなる違和感を覆いかぶせ続けていたように感じています。そんななかでも時代は進み、近年になって文化的な敬意と尊厳のバランスは新しい調和の次元へとシフトし始めているようですが、最新のDNA解読技術では、かなり前の世代までルーツがわかってしまうらしく、僕の不可思議な記憶への疑問に対して、科学的な側面からもヒントを得ることが出来る日はそう遠くはないのかもしれません。
*人類の広がりをDNA分析で調査する「ジェノグラフィック・プロジェクト」


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