予知したことは過去になる。

Posted by admin on 26 1月 2009 at 11:01 pm | Tagged as: Poetry&Philosophy

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知識は表層的であるうちは無害で楽しく退屈しのぎになる。
YouTube画像やWiki情報のような毒にもならない表層言語のうちは。
本来、「人」という種には扱いきれない深い英智は、
知覚の所有庫にストックしたとたん有機水銀投与のように
その精神神経系の中枢を麻痺させ、強力な力を保持したまま
永遠のゼロからの乖離をおこしてしまう。
本来「人」という種は、その英知に対して
素朴な日常の脇に空にして開いていることしか出来ない。
出来ないというよりは、それが存在の最大の恩恵なのだが。
占星術に関しても、本来は星の運行を楽しみ
その星々への畏敬の前に心を開くのが礼儀であり
個人の未来予知も2012年云々等も、およそ時系列での投影は、
本質をとりこぼした人間的尺度での捕獲にほかならない。
そして、未来を知ることは未来を歪める。
捕獲した鳥は、本来の羽ばたきもさえずりも忘れてしまう。
本来の未来とは、過去から完全に解放され一瞬一瞬に託された
もとよりの無為自在と自律的創造行為のほとばしる今なのだから。
知覚や想起が行為に等しいのは、ユングを待たずとも伝統的な認識。
無知覚・無想起であるからこそ、純粋な創造とともに未来が開かれる。
14歳の頃から29年(土星の一巡)天文歴とともに生きて来て
ようやく星と共に生きる姿勢の入り口に辿り着けた気がする。
現在の上空に形成される水瓶座のカイロンと木星と海王星の直列、
そこに恋と精神的探求の角度を相互形成する双子座の新月を超えて。


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