Poetry&Philosophy

イズモネシアのテキスタイル(出雲のdnaが描く心象風景)

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WebマガジンKAMAKULANI
http://www.kamakulani.com/art/textile-from-izumonesia/izumonesia

 

Hiikawa(出雲水脈図)
美術写真 Mio Funayama
技術協力 富宏染工× ground works
箔 図案 イズモネシアグラフィック



Posted by admin on 20 3月 2016 | Tagged as: information, Poetry&Philosophy, World wide Izumonesia & OEM

世界樹と家系樹

曾祖父ちゃんは明治時代にシベリヤの
基となる和洋折衷菓子で一財を成した。
僕の作風にも和洋折衷なところがある。

お爺ちゃんは故郷を捨てて前衛舞踊の
先駆者である石井漠のもとで夢を見た。
僕も先鋭的なものへの好奇心が旺盛だ。

父は表向きは法律家だったが、その実
在家の修験者であり彫刻家でもあった。
僕が精神世界と造形に魅かれるわけだ。

母方はシャーマン気質が濃く不可思議が
日常のなかに違和感なく溶け込んでいた。
僕は現実的解決と神秘的達観の間にいる。

息子は ”僕“ という実験を見て育っている。
娘は ”僕“ という面白い現象と戯れている。
僕を写す鏡は僕自身が鏡だと言っている。

僕という劇場はいつか幕を閉じるだろう。
僕が残像になる未来には新しい僕がいて
沢山の過去と未知の領域を見渡している。

個にこだわれば輪廻の次元が繰り返され、
個を巡り尽くせば宇宙の本質に溶け込み、
無意識の大海にこれでよし!の陽が昇る。

足穂の人間人形時代宇宙論入門の最終章
世界は神の夢であるの壮大な描写よりは
若干ながらも誇大妄想を抑えたつもりだ。

図案:世界樹(同根異文化の対話)
冊子・理想の詩のためのエスキース
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Posted by admin on 06 3月 2016 | Tagged as: Poetry&Philosophy

Hiikawa(出雲水脈図)

 

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新作を作ってるときの感覚なんだけど、、、

実はこの世界には「過去」しかなくて、
僕の生きた時代も、
スッと過ぎ去った100年後から見れば、
まるっきり過去でしかないように、
でも逆にみれば1秒も何億年の違いもないくらいに、
全ての過去は宇宙の初めよりも前から
別の在り方で出揃っていて、
そこからの発掘が、
新しいという感覚を想起をさせてくれるような、
そんな感覚に囚われることがある。

「今」という“私が主体となる意識”が
儚い点であるとか、
無意識の束の間の瞬きであるとか、
鏡を見て自分の顔に違和感を抱きながらも
その思考や時空の制約の外側の輪郭をなぞるとき
何々風とか何々派だとかの後の解釈はどうでもよく
「わかったぞ!今この瞬間がもっとも素晴らしい」
とでもゆうような「親しみ深い未来」が産み落とされる。

なんちって、、

Hiikawa(出雲水脈図)

美術写真 Mio Funayama
技術協力 富宏染工× ground works
箔 図案 イズモネシアグラフィック


Posted by admin on 04 2月 2016 | Tagged as: Poetry&Philosophy

アーカイブ展を終えて

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僕の表現の使命は
「世界に蔓延する不寛容を解毒すること」
そのための心得は
「世界そのものの分別をまじえない受容」
これからの課題は
「その劇場に個々の尊厳を蘇らせること」

僕は「温泉街」のような作家を目指したい。
底には大地の自転軸に繋がるマグマがある。
地下の水と地下熱が程よい湯気を立たせる。
表面上はすこし間の抜けた懐かしさがある。

今回のアーカイブ展で
皆さんとの対話のなかで
「小さな村」からの着想で
また新しいまっさらな心意気で
新しい創作活動に向き合えそうです。


Posted by admin on 03 2月 2016 | Tagged as: information, Poetry&Philosophy

スクリーンショット 2015-12-29 18.52.22のコピー
水木先生があちらに帰られる3時間前の早朝4時くらいに描いてアップした図象だけど、いま考えてみると「妖怪」「目玉おやじ」「昇天」なんだよね。
その日の女子美でも偶然水木さんの話をしていて、その後にニュースで知ることになったけど。
山陰出身のメンヘラな思い込みだとしても身にあまるほど光栄なシンクロニシティ。
死後とか転生とか神秘主義とか、その手の類は「自我」の保存〜拡張欲求から生み出された恐怖や虚無回避のための智恵だっていう見解もあるけど、やっぱあの世って、脳細胞の檻のなかで描いた投影というより、脳や心臓も含めた身体全体が、不可知な次元のネットワークを感受する(クラウド>端末)に似た関係性の奥行きがあるのではと感じさせられる。
古今東西〜有象無象のトンデモ精神世界の大多数が相対幻想だとしても、水木先生が伝えられてきた見えない世界の質感や、もの言わぬものの気迫みたいなものは、知られざる視界の一端を予感させてくれるには十分な気がしている。


Posted by admin on 29 12月 2015 | Tagged as: Poetry&Philosophy

なぜ、いつの時代も若者はレトロに魅了されるのか?

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その文化の背景にある”蜜のしたたるような本質”に触れるとき、
その「場」とも「間」ともいえるところには、それが時間であれ
空間であれ、およそ物理的なものを超えた、生命感覚とも霊性と
でもいうべき気配が立ちこめている。

それは、伊勢や出雲であったり、未開の頃のチベットやアラスカで
あったり、 1920年代のフランス植民地であったり、70年代の東海岸
であったり、 はたまた今朝方見た夢の中での、まだ行ったこと無い
はずの街の景色で あったりする。

流行として消費していくものや、商業行為としてかかわるような
上っ面な 文化とは、全く質の違う、
いわば、命をかけた真剣な古典的恋愛感情のような純粋投影の
なかでのみ、触れることの出来るような臨場感の森に分け入るとき、
そこには、たんなる都合のよい情報であることを超えた 大きな意志
のようなものとの蜜月が訪れる。

その時もはや、その「文化」が「人」の都合で消費されるのではなく、
逆に「人」が、その「文化」の本質を伝える媒体として端末機能に殉じ、
その深層意志の発露を担わされるような、不可思議な瞬間が訪れるのだ。

いわゆる、本当の意味での”創出”という行為。

若い人達と過ごすとき、その若者が、ある時期突然老けて生命力を
失って しまうのか、それとも歳を重ねるごとにますます若く円熟して
いくのか、 その目安として、レトロなるものへの想像力や感受性の
有る無しという 基準がけっこう当てになると思っている。

それは、レトロ=懐古趣味という文字通りの直訳のことではない。
むしろレトロという文脈を嗅ぎ分けられずに表層の流行に乗っかって
いた 人が、その若き日の過ぎ去りに固執して新しいものの否定の
うちに 老いてしまい、新しい角度での温故知新を見逃してしまうと
いった残念な状況こそを、悪意をこめて懐古趣味というのだとおもう。

「流行の同時代における共有」は経済の活性化以外に
”個々人が抱える文化的孤独からの解放”というメリットを与えるが、
同時に時間の流れは人々の間に「早い/遅い」の優劣感情や
一部の進歩的自負をもつ人々の傲慢さも招き入れてしまう。

過去から未来に矢のように流れる時間上の新旧の尺度そのものを、
100年単位のスケールでもう卒業すべき時期だとみなすとき、
『今』という瞬間に無意識界と顕在意識界を行き交う様々な時代の
特性達と色彩豊かな交信を楽しむことは、
”自分という感性を生かしきる”という意味において、
常に表現における新鮮さをもたらしてくれるのだと思う。

もちろん、科学技術の応用や国際社会上の力関係などは、
あいも変わらぬ圧倒感な力でもって、矢としての進歩の速度を武器に、
実社会における 優劣の格差を突きつけてくるだろうけども…。


Posted by admin on 06 10月 2009 | Tagged as: Poetry&Philosophy

メアリーブレア展とアナスイさんとの出会い

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メアリーブレアといえば、ディズニーの世界観を象徴するような
『It’s A Small World 』で有名だけど、
幼心のための民族の祭典というか、ペイネの「愛の世界旅行」が
さらに色彩豊かに純化されたような、あの独特の世界に触れるとき、
いつものなつかしい想いがこみ上げてきてしまいます。

「そうだ!私たちはこうゆう心の底から楽しそうで可愛いらしくて、暖かみ
のなかに遊び心が満載な世界を、この惑星でも色や形にしたかったんだった!」

そんな「創造の源泉につながる想い」のようなものが、
全ての人の心の奥底の集合無意識的な領域にあって、
私たちをよりよき表現へと鼓舞してくのだと思うのです。
アナスイさんが僕を訪ねて来てくださったのは、今から5年前のこと。
NYのアトリエで当時の僕の装苑の記事を見ていただいたのです。
そして、その時のNY土産がメアリーブレアの画集。
アナスイさん曰く、「貴方の世界と通じるものがあるから!」と…。

実際にお会いした彼女の気配は、シルクのように繊細でチャーミングで、
ほんとうに素敵な方でした。

そんな彼女の感性に、まだ未開拓な自分が映っていたのだとしたら、
僕は、なんとしてでも、もっともっと自分自身の源泉へと通じていって
メアリーブレアさんのようなIt’s A Small World な仕事をこの世界に
残したいと希望を新たにするのでした。

アナスイさんからはNYのアトリエに遊びに来るよう
お誘いを受けているけど、僕のIt’s A Small Worldは
まだまだ未完成なのです。


Posted by admin on 29 9月 2009 | Tagged as: Poetry&Philosophy

トーキョー・ネオン海月

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昨年のノーベル賞に日本の科学者が選ばれたとき、”発光するオワンクラゲ ”
のイメージに重ねて、日本の未来にかすかな希望を感じとることが出来ました。
美しく有機発光する無公害のファブリックが私達の生活をつつむ日もそんなに
遠くないような気がしたのです。智恵子が嘆いたあの頃から幾年もたちました。
東京の空の上、ブリキ色の夜空に浮かぶ浮遊都市は、新しい科学の綺麗な代謝
で明滅しながら、未来の子供達に託された汚れた大地の回復を待ちながら、
今日もシンフォニックに明滅する素敵な光の音階を奏でてくれています。」
AD2110 TOKYO. 発光しながら斜めに上昇する巨大な海月の図案には、
エレクロリカルかつオーガニックな静寂の光が敷き詰められ、私達にクリーン
でファンタジックな未来都市を想起させてくれます。真に人間的なる進歩への
歴史は終焉に近いのではなく、いまからより素晴らしい次元で開かれていく
のだと思います。


Posted by admin on 01 5月 2009 | Tagged as: Poetry&Philosophy

たまには「信仰」とか「懐疑」について・・・

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たまには信仰や信仰への懐疑について書いてみたいと思いました。

特定の言葉や象徴にすがることは内的な行為としては問題ないし、
その質によっては美意識にあふれた独自の文化を深めたりします。

だけど、それを他者に求めたり、他者を評する基準にしたとたん、
その言葉や象徴は、異なる要素に対する被害意識と攻撃性を孕み
始め、人が無意識に陥りがちな心理的な弱さを露呈させてしまう。

そもそも不可知なる次元に対して、どこまでも無知である事実に
納得し、そこに健全な生命感覚の喜びをはたらかせていくならば、
およそ人を介して世に出た物事に心を奪われてしまうことはなく、
本来の自分でいることの当然の権利と心の自在が保たれるはずです。

その意味で、人間の尺度で取り決められた信仰の形や考え方から
自由であるということは、最も誠実な宗教的態度なのでしょう。

特定の言葉や象徴とは「善悪を知る木の実」に比喩されるような
思考の罠とも、記憶の蓄積という機能ともリンクしていくけれど、
「はじめにコトバありき」の「コトバ」の意味が不可知なる次元
から流出した特異点のようなはたらきを示してるのであるならば、
その実態は「山のあなたの空とおく」ではなく、全ての「私」の
内に宿るものなのだという事実をもっと実感していたいと思います。

朝方の文章らしく愚にもつかない抽象言語の羅列になってしまっ
たけど、注ぎ出たコトバを確認しておきたいとおもった次第です。

たぶん、分り易く語る才能がないから図案を描いてるんだと思います。。


Posted by admin on 10 4月 2009 | Tagged as: Poetry&Philosophy

文字よりも古い蜜月「ファブリックとフォークロア」

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私がファブリックに魅了される最大の理由、それは布に託されたコミュニケーション(表現と対話)の役割りにあります。
単にコミュニケーションといっても、それは人と人との間に限られたものではありません。
シベリアからアメリカに移り住んできたモンゴロイドたちは、精霊や動物とのコミュニケーションをはかるために布に紋様を刻んだかもしれませんし、アジア中南部の少数民族の人達も、大いなる運命の手の中で、一族の存続と繁栄を願って精緻な刺繍を編み込んでいったかもしれません。
パピルスが発明されるより以前、 一握りの支配層が「文字」という著しく洗練されシステム化された紋様を使って他の民族を文化的に単一支配していく時代よりもっとまえ。
ファブリックの成り立ちには、商業手段や趣味趣向とは別次元の、根源的な願いが重ねられていたのではないかと感じています。
自然との調和の中で、家族の平和と安全を望みながら暮らす人達の祈りと愛情が、鮮やかな紋様となって織られ染められ表現されてきて、そんな歴史の積み重ねの上に現在の私たちのファブリックは存在している、そう考えるのはロマンチックすぎるでしょうか。
グローバル化された大量生産大量消費の時代に生まれて来た私達も、永い年月を経て紡ぎだされてきたファブリックの本質に立ち戻ることで、現在の生活様式の中に本質的な意味を再発見していけるかもしれません。

Uzura(上の図案)
陰陽モチーフから生まれたシンボリックなウズラの親子の図案。
外の白い世界が親ウズラを通して鏡あわせのような似姿の子ウズラに流れ込み親子の図を形成しています。外界には樹木と羽のような葉っぱがあり、自然界や物質世界を意味しています。子ウズラはピースマークのような足で、真善美を求めてこの世界に立っています。そこには西洋の三位一体と東洋の曼荼羅的な宇宙観が同時に描かれています。

10.March.2008 AritaMasafumi


Posted by admin on 01 2月 2009 | Tagged as: Poetry&Philosophy

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