Poetry&Philosophy

予知したことは過去になる。

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知識は表層的であるうちは無害で楽しく退屈しのぎになる。
YouTube画像やWiki情報のような毒にもならない表層言語のうちは。
本来、「人」という種には扱いきれない深い英智は、
知覚の所有庫にストックしたとたん有機水銀投与のように
その精神神経系の中枢を麻痺させ、強力な力を保持したまま
永遠のゼロからの乖離をおこしてしまう。
本来「人」という種は、その英知に対して
素朴な日常の脇に空にして開いていることしか出来ない。
出来ないというよりは、それが存在の最大の恩恵なのだが。
占星術に関しても、本来は星の運行を楽しみ
その星々への畏敬の前に心を開くのが礼儀であり
個人の未来予知も2012年云々等も、およそ時系列での投影は、
本質をとりこぼした人間的尺度での捕獲にほかならない。
そして、未来を知ることは未来を歪める。
捕獲した鳥は、本来の羽ばたきもさえずりも忘れてしまう。
本来の未来とは、過去から完全に解放され一瞬一瞬に託された
もとよりの無為自在と自律的創造行為のほとばしる今なのだから。
知覚や想起が行為に等しいのは、ユングを待たずとも伝統的な認識。
無知覚・無想起であるからこそ、純粋な創造とともに未来が開かれる。
14歳の頃から29年(土星の一巡)天文歴とともに生きて来て
ようやく星と共に生きる姿勢の入り口に辿り着けた気がする。
現在の上空に形成される水瓶座のカイロンと木星と海王星の直列、
そこに恋と精神的探求の角度を相互形成する双子座の新月を超えて。


Posted by admin on 26 1月 2009 | Tagged as: Poetry&Philosophy

もうひとつのSelfportrait(スコットランドとブータン・布とDNA)

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(写真:カブリモノ作家、ニシハラ★ノリオ氏の個展会場/IIDにて…)

魂の深いところで親近感を感じるのがスコットランドとブータンの布様式。共に高地の険しい自然環境に暮らす民族であり独自の織柄を日本の着物のよう に巻いて着用しています。僕が生まれ育ったのは日本ですが、DNAの深いところにはケルトやチベットの古い記憶が眠ってるような気がしてなりません。一 方、布に表現するテイストには何故か北欧や東欧の雰囲気が混ざり合っているといわれます。僕の奥に眠るケルトの血は東へ東へと旅しながらバイキングやスラ ブ民族と混ざり会い、そしてチベットと合流して大陸から島国へたどり着いたのか…。あるいは「前世かも…」って発想で片付けるのも、それもまぁチ ベット的で面白い、たけど魂の記憶はもっと自由に個体としての唯脳認識の呪縛から解放された状態でリンクし合っているのかもしれないし、DNAの研究の果てには、これまでの物理的因果の説明を凌駕するような存在認識の量子的飛躍が待ち受けているかもしれません。実のところ、出身地である「出雲」や国民としての「和」についての心象 は、僕のDNAの比較的浅いところにあって、後天的に儒教や神道の文化に躾けられた魂は、例えるならオキナワンやアイヌの子供達が本土の七五三の衣装を着 させられた時に感じるであろう違和感に近いものを感じていたりします。僕が生まれ育った戦後の昭和日本は間接的にアングロサクソンの勢力圏にありましたが、イギ リス〜アメリカの文明覇権のなかで培われた近代合理主義と管理化された競争原理の影響は、先の違和感の上にさらなる違和感を覆いかぶせ続けていたように感じています。そんななかでも時代は進み、近年になって文化的な敬意と尊厳のバランスは新しい調和の次元へとシフトし始めているようですが、最新のDNA解読技術では、かなり前の世代までルーツがわかってしまうらしく、僕の不可思議な記憶への疑問に対して、科学的な側面からもヒントを得ることが出来る日はそう遠くはないのかもしれません。
*人類の広がりをDNA分析で調査する「ジェノグラフィック・プロジェクト」


Posted by admin on 07 1月 2009 | Tagged as: Poetry&Philosophy

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